「義務」

先日、

次男の保育園の

タケノコ堀りに

一緒に行ってまいりました。


普段使わない筋肉を使って、

まだ、若干の筋肉痛が残っています。



タケノコ掘り、

されたことありますか?


私は二度目のタケノコ堀り。


まだまだ新人。


なんでも、

地面から数センチほど頭を出している

小さいタケノコが

おいしいタケノコだとか。



足で、

地面を踏み踏み、

落ち葉をかき分け、


タケノコのちょろっと出た頭の部分を探していきます。


ちょろっと出た部分を見つけたら、

すかさず

「みつけたよー!」と叫べば、

子供たちがわっと堀りに来てくれます。


それをひたすら繰り返す。



その地道な作業、

タケノコを見つけるという作業が

楽しくて楽しくて。


何というんですか、

見つけた時の達成感というか、

獲物を捕らえた感じといいましょうか。


無心で探していきます。


この没頭感。

夢中な感じ。



もちろん、私は心のオタクですからw

その時の自分の感覚も見てみる。



没頭しているときは

とってもいい感じ。


しかし、

面白いことに、

「早く見つけなきゃ、もっと見つけなきゃ」

「見つけたらみんなを喜ばせられる」「すごいって言われる」などと、


「比較、評価」

を気にしだすと、

途端に夢から覚めるというか、


身体もガチっと固まって、

意識が外に向いている自分を感じる。


楽しさがどこかに消えてしまい、

途端に、「義務」になる。



多くの方が、

この「義務」の感じが

人生の多くの時間を占めていたりしますね。


もちろん、私もそうでしたし、

気づかないとつい「義務」で動いてしまいますね。


もちろんそれも全く悪くはない。


どちらを選択したいのか?


ただ、それだけの話になってはきますが。



話を戻すと、


そんな二つの感覚を自分の中に感じつつ、

タケノコ掘りの時間を楽しんできましたw


子供たちは、

「義務」なんて感覚はなんのその。


楽しければやるし、

興味ない子は、

ずっと遊んでるという、


自由な感じが

また心地よい時間でした。とさ。

Mi vida(ミ ヴィダ)

“本来のあなたに戻る旅” オンライン中心で ヒプノセラピーや 奇跡講座の学び合いの場を 分かち合っています。