平安への到達
クリスマスの今日、
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
年の瀬が近づいておりますが、
今年はどんな一年を過ごされましたか?
私にとって、2020年は、自分の心が大きく変革する年となりました。
今、2019年までの自分を思い返してみると、
「望む現実」を創り出すために、
自分の心と向き合っていたことがわかります。
自分の内面に起こってくる感情感覚を昇華していくことで
現実を自分の理想へ変化させようとコントロールし、
悪戦苦闘していたことがわかります。
そうやってきて、
確かに
その方法を知らなかった時よりも
随分、幸せを感じれるようには
なっていました。
現実も
ある程度は望む通りのことが起こったり、
「やはり自分の内面が外側の現実に現れているだけなのだ」
「もっともっと自分の内面に取り組めば現実も望むとおりに動いていく」
そんな風に自分の内面や自分の外側である現実と
向きあっておりました。
しかし、
(その時は気づかないフリをしていましたが)
徹底して取り組めば取り組むほど、
どうにもならない、完全にコントロールしこなせない“現実”、
消すことのできない“罪悪感”などが
反対に際立ってくるようになっていたことも事実でした。
それに薄々気づきつつあった
昨年度末、
目を開かざるを得ないタイミング
が起こってきました。
直視したときは、
大きな葛藤や苦しみ、かつてないほどの絶望感に
襲われました。
どんなに取り組んでも、
理想の自分にはなれないこと。
現実を自分の理想郷に創り上げることはできないということ。
私が唯一取り組むことができるのは、
「心の平安」だけ。
人間関係も地位も名誉もお金も物も何もかも、
現実に在ると思っている物質的なものは
何一つコントロールすることはできない。
私が唯一コントロールできるのは
自分の「心の平安」だけであったということ。
2020年は、
この事実を
一年かけて、
少しずつ受け入れていった感じがしています。
そうして一年経った今、
(昨年度末の私に比べて)
私の心は大きな平安に包まれています。
とても静かで自由で身軽な自分を感じています。
私は、ずっとずっと、
こんな「平安に包まれた自分」を探し続けていたのでしょう。
40年生きている間に、
この「平安」に到達するためには、
外側の物質的なものが必要なのだと
いつの間にか頑なに信じていたようです。
「手段」と「目的」が
いつの間にかごちゃまぜになっていたようです。
外側への執着を少しずつ取り去って
「なんにもない自分」を受け入れた先に
「平安」は在りました。
自分の中に在りました。
こんな平安の感覚、
誰の中にも必ず、もともと在るんだと確信しています。
2021年は
更にいろんな方と分かち合えていけたら嬉しいなと
思っています。
今年、出会っていただいた皆様、
本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
今後出会っていく皆様、
これからどうぞよろしくお願いいたします。
それでは
皆様、
どうぞよいお年をお迎えください。
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